街からトークライブ第3回開催決定!

  • 2016.02.04 Thursday
  • 14:08
JUGEMテーマ:イベント情報

3月5日(土)街からトークライブ第3回の開催が決まりました!
「浅川マキのいた時代」というテーマで、フォーク界の哲人、小室等さんと、浅川マキの名伯楽として知られる音楽プロデューサーの寺本幸司さんに語っていただきます!

■ お問合せ・お申込み(街から編集室)

Tel 03-6638-6685 Fax 03-6638-6684

E-mail machikara@nifty.com

街から139号発行!

  • 2016.02.04 Thursday
  • 13:32
JUGEMテーマ:新刊紹介

表紙画:成田宙路之 題字:赤松陽構造
デザイン:朝倉事務所

CONTENS

● BOOK CAFF MACHIKARA
成田宙路之/佐々木健/伊達哲也/押切珠喜

連載 音楽の時間が刻むもの1
浅川マキという歌手の死に方 寺本幸司

「街からトークライブ」第2回
吉川勇一さんが残した市民運動の「宿題」 矢崎泰久×天野惠一×松井隆志樹

フォトコラム
竹馬の友。 アビコノコ

連載 観る・読む・再考する6
ヒバク七〇年<被爆都市長崎>の「暴力団」(ヤクザ)映画
テキスト/映画「地獄の掟に明日はない」(降旗康男監督)
本 「昭和怪優伝」(鹿島茂)・「戦争の谺こだま」(川村湊) 天野惠一

コラム 私的放射能メモ17
ヤマトシジミとカタバミ 神田真理子

● マンガ
「無窮の果ての馬鹿」 天才ナカムラスペシャル

●コラム おしるこ通信10
アート・インクルージョン 門脇 篤

● 連載 オープンセサミ<ひらく本ひらく世界>54
小説『こころ』の闇
第十八章 『こころ』の闇(その六) 神田真理子

● 連載<戯志群衆伝>大杉栄を生き直す6
東京、そして日本の<素晴らしい黄昏> 平井 玄

● コラム 人と街と建築56
ハノイ大聖堂 上山恵三

● 連載 俺達に明日はあるのか74
偽作、ながあきら外伝―疾風怒涛山谷篇―10小見 憲

● 連載 カントリー・ダイアリー27
どこへ行こうというの? おおえまさのり

● 連載 小劇場への誘い26
劇団唐組の紅テント公演「鯨(ゲイ)リチャード」ほか 平早 勉

● 編集室から 本間健彦

JUGEMテーマ:新刊紹介

139号編集室から

  • 2016.02.04 Thursday
  • 11:54
JUGEMテーマ:コラム

☆『大地を受け継ぐ』(井上淳一監督作品)というドキュメンタリー映画を観た。2011年3月24日、福島第一原発から約65厠イ譴進‥膰須賀川市で農業を営む樽川久志さんが畑の傍の山林で自死を遂げた。前日、関係先から収穫期を迎えていたキャベツの出荷停止を伝えてきたFAXを読み、「福島の農家は終わりだ!おめえに間違った道を進めてしまったな」と青ざめた表情で息子の和也さんにつぶやくように語ったのが、最期の言葉だったという。このドキュメンタリー映画は、息子・樽川和也さんと(40)と母親・美津代さんの二人が、原発事故に遭遇し今日まで生き抜いてきた4年間の自分たちの暮らしの状況とその万感胸に迫る思いを、東京からやって来た男女十一人の若者たちに語り聞かせるという手法で描かれている。ちょっと説明すると、農家の樽川家の座敷に長方形に並べられた座卓を囲む若者たちのまえで、樽川さんが語り、その言葉に、聞き手の若者たちがしだいに心を動かす表情がさざ波のように広がっていく、そんなシーンの映像で構成されていて、ドラマチックなシーンの全くない、ドキュメンタリー映画としては異色の作品なのだ。じつにシンプルなドキュメンタリーなのだけれど、心打たれ揺さぶられた。それは樽川さんが静かに淡々と語る、たとえば「これは風評じゃない、現実だ!」という言葉に、絶望的な現実の中で生きる人間の凛とした精神と存在感が認められたからだろう。監督の井上淳一さんは「言葉を撮ること――言葉を語る彼を撮ることで、言葉の向こう側にあるものが想像できるのなら、それこそが映画ではないか」と制作意図を語っている。ドキュメンタリー映画は、既存のジャーナリズムが失った機能を担っている、現代のジャーナリズムなのだな!私は、この映画を観ていて、そんな思いもつよくしました。


☆憤りを表にださないような静かな語り口が印象的だった樽川さんなのだが、「あのバカが!」と唯一激する声と表情を見せたシーンがある。それは高市早苗総務大臣が、ある講演で「東京電力福島第一原子力原発発電所事故で死者が出ている状態ではない」と語った言葉に対しての反応だった。福島第一原発事故に伴う災害関連死として認定されている死者数は既に1400人を超えているというのだ。総務大臣が、その事実を知らないはずはないのだから、この女性大臣の発言は、原発再稼働を正当化するための詭弁だったのだろう。批判を浴びて発言を撤回したそうだけれど、言葉の軽さ、実体のなさには、あきれかえるばかり。もっともこの大臣の上司にあたる安倍晋三首相は、東京オリンピック招致のプレゼンテーションで「フクシマについて,お案じの向きには、私から保証いたします。状況は、統御されています」という趣旨の演説を英語でおこない、堂々大詭弁を弄している。もし「ウソも方便」などと嘯いているのなら、いよいよもってヒトラー並みの大危険人物と警戒しなければならない。


☆「戦後70年」といわれた今年、この国で起きた最悪の事態は、「戦争法案」と多くの人が憂え反対した安全保障法案が茶番劇的なセレモニーを経て、遂に国会で可決されてしまったことだろう。これは戦後の日本が礎にしてきた平和憲法が詭弁を弄して改ざんされた一件だった。けれども、単に詭弁と批判するだけでは主権放棄に過ぎない。民主主義の制度を健全に機能させていくためには、市民各自が権力者の言葉の真贋を見抜く力をつけ、詭弁を弄する輩を権力者に選出しないという権利行使が不可欠に思えるからです。

138号編集室から

  • 2016.02.04 Thursday
  • 11:52
JUGEMテーマ:コラム

☆なかにし礼さんの『平和の申し子たちへ――泣きながら抵抗を始めよう』(毎日新聞社)という詩集を読んで大変感銘を受けた。無謀かつ無法な戦争法案の強行採決前後にこの詩集に出あったことも相乗効果を高めたのだろうが。タイトルになっている詩は次のような詩句がまず冒頭に記されている。
 <二〇一四年七月一日火曜日/集団的自衛権が閣議決定された/この日 日本の誇るべき/たった一つの宝物/平和憲法は粉砕された>
詩文に似合わない新聞記事のような、そっけない語句で、この詩は綴られているのだけれど、心根にどすんと響いた。そうなのだ、二〇一五年九月一九日未明のドタバタ・セレモニーにより参院で可決した戦争法案に対しては、あの時にすでに大鉈が振り落とされていたのだ。歴史は肝心な点が見過ごされ形成されていく。詩人の鋭敏な直感はその事実を見逃さず、この詩を書いたのである。読まれた方もおられるとおもうが、心に届いた詩句を紹介したい。
 

☆<ああ若き友たちよ!/巨大な歯車がひとたびぐらっと/回りはじめたら最後/君もその中に巻き込まれる/いやがおうでも巻き込まれる/しかし君は戦う理由などあるのか/ 国のため?大義のため?/そんなもののために/君は銃で人を狙えるのか/君は銃剣で人を刺せるのか/君は人々の上に爆弾を落とせるのか> なかにし礼さんのこの詩は、七十年間平和がつづいてきた、この国に生まれ育った、戦争を知らない若者たちへ呼びかけるという形式で書かれている。なかにし礼さんは、一九三八年、中国黒龍江省(旧満州)生まれ、戦時下に少年時代を過ごした世代だ。敗戦後は植民地からの引揚者家族の子どもだった。子ども心に戦争の悲惨さ――醜悪、愚劣、残酷、恐怖、飢えの記憶を脳裡に焼き付けている。だからこそか、彼は若者たちに、こんな思想を伝える。<たとえ国家といえども/俺の人生にかまわないでくれ/俺は臆病なんだ/俺は弱虫なんだ/卑怯者?そうかもしれない/しかし俺は平和が好きなんだ/それのどこが悪い?/弱くあることも/勇気がいることなんだぜ そう言って胸をはれば/なにか清々(すがすが)しい風が吹くじゃないか/怖れるものはなにもない> そしてこの詩をこんな詩句で結んでいる。<だから今こそ! もっともか弱きものとして 産声をあげる赤児のように/泣きながら抵抗を始めよう 泣きながら抵抗しつづけるのだ/泣くことを一生やめてはならない/平和のために!> 
わたしは、なかにし礼さんと同世代なので、<だから今こそ!>というなかにし礼さんの決起の真情がよくわかる。


☆この詩を読んでいたので、戦争法案反対の運動に立ち上がって注目を浴びた学生団体シールズの若者たちと,そのリーダー奥田愛基さん(23歳)の行動と思想にわたしも関心を寄せてきた。六〇年代末から七〇年代初頭にかけて旋風を巻き起こした全共闘運動が終息して以降、学生運動は消滅したと言われ、若い人たちの政治への無関心が指摘されつづけてきたので、彼らの出現が脚光を浴びたのだろう。それと彼らのデモが、全共闘時代のデモのようにヘルメットをかぶり角材を武器にするような武闘派的でないことも新鮮に映ったにちがいない。参院中央公聴会の公述人に選ばれた奥田愛基さんはこんな意見陳述をしている。「私たちこそがこの国の当事者、つまり主権者であること、私たちが政治について考え、声を上げることは当たり前なのだと考えている。その当たり前のことを当たり前にするために、声を上げてきた。」この思想こそが民主主義の原則なのだ。この奥田青年のもとに数日前、「お前と家族を殺害する」と記した脅迫状が届いたというニュースが報じられた。自由な声を圧殺しようとする空気が高まりつつある。泣きながら抵抗しつづけよう。

137号編集室から

  • 2016.02.04 Thursday
  • 11:50
JUGEMテーマ:コラム

☆一九四五年八月十五日、日本が先の戦争に敗戦した日を、私は、疎開先の、夏の気温が日本一番高い熱い街として知られる埼玉県熊谷市で迎えた。私は七歳、国民学校(当時の小学校の呼び名)一年生だった。この日のことを鮮明に記憶しているのは、玉音放送があって日本の敗戦が伝えられた歴史的な日だったからではない。当日未明、B29爆撃機の空襲に遭遇し爆弾や焼夷弾が雨霰のように投下され家々が直撃を受けて爆破されたり軒並に火災していく街中をかいくぐって家族(乳飲み子の妹をおぶった母と女学生だった二人の姉)と共に郊外の村里へ逃げ延びるという体験をしたからだった。子どもだったせいか恐怖感はなかった。今でもよく憶えているのは、次姉が持っていた妹用の粉ミルクと砂糖(当時は貴重品だった)の缶を落としてしまったことと、慌てて拾いに行こうとした姉に対し、妹を背負って後に続いていた母が「いいから早く逃げなさい」と叫んでいた声だ。

☆早朝、私たちは疲れ切った足取りで家路についた。市街はすっかり焼け跡と化していた。市街地の外れにあったわが家は焼失を免れたが、駅前旅館を営んでいた叔父の大きな旅館は消えていた。ポツンとそれだけが残った、しかし焼け焦げて赤茶けた金庫の前で叔父が「日本は戦争に敗けたよ」と大粒の涙を流しながら母に告げていた。母も泣いていた。だが、国民学校一年生の私は泣かなかった。ちっとも悲しくなかったので。というより、もの心ついた頃からずーっと戦争の時代に幼少期をすごしてきた私には、戦争でない日常というものがとっさに想像できなかったので、戦争に敗れるという意味がよくわからなかったからだろう。

☆というわけで、少年の日の私は、日本の敗戦を、多くの大人たちのように悲しんだり、秘かに平和を希求してきた人々のように喜んだりもしなかったように思うのだけれど、一夜にして出現した市街の焼け跡風景には、なぜか感動した。誤解のないようにちょっと説明しておくと、私は別に戦争で家を失った人々や戦災で傷ついたり亡くなった人々の悲しみや憤りや絶望感などを度外視しているわけではない。これは、あくまでも風景にのみに注視した、その時の私の所感であり、イメージだとお考えいただきたい。少年の私は、その時、地平線の彼方まで続いているかのような瓦礫の焼け跡と抜けるような雲一つない夏の青空――その光景に爽快なまでの解放感を感じたのだった。見てはいけない、知ってはいけない、そんな真実を、その時少年の私は見つけてしまったのかもしれない。そしてそれは今になって思いを馳せれば、戦争の時代という暗く重苦しい天蓋が取っ払われることの自由というものに、その時、私は覚醒したということだったのだろう。

☆人間の歴史は血塗られた戦争絵巻で綴られてきた。歴史は繰り返す、という嫌な格言がある。だが、核時代の世界大戦は人類の破滅を早めるだけで、もはや繰り返しも復興もありえない。無知蒙昧な為政者に戦争を起こさせる権限を許したら、人間は絶滅するしかない。私は、詩人・高橋睦郎の「人為による反自然はいつか自然の反撃を受けるだろう。市(まち)はいつか森や野の復讐を浴びるだろう」という明察な短章を箴言にしている。

*  * 

追記: 前述した、空襲で逃げていたとき粉ミルクの缶を落とした、次姉が去る七月八日死去した。享年八十三だった。そして同日、ジャズ喫茶映画館のマスターからのメールでジャズ評論家相倉久人さんの逝去を知らされた。次姉と同じ死亡日と享年だった。相倉さんとは昨年暮れ、トークライブで再会し、スニーカーとジーンズといういでたちのお元気な姿に接していたので、訃報に茫然とした。この場をお借りしてお二人の冥福を祈りたい。

街からトークライブ 第2回開催!

  • 2015.10.21 Wednesday
  • 17:02
JUGEMテーマ:
「街からトークライブ」第2回開催のお知らせです。

日 時:11月7日(土) PM3:00〜5:30
場 所:ピープルズ・プラン研究所
東京都文京区関口1−44−3信生堂ビル2F
参加費:800円
主 催:街からトークライブ実行委員会 
問い合わせ&お申し込み:(株)街から舎
                                                machikara@nifty.com
                                        TEL:03-6638-6685

  皆様の参加をお待ちしております!


 

街から138号発行

  • 2015.10.21 Wednesday
  • 14:59
JUGEMテーマ:新刊紹介

表紙画:成田宙路之 題字:赤松陽構造
デザイン:朝倉事務所

CONTENS

● 随 想 成田 宙路之/蓮沼 英幸/伊達 哲也/押切 珠喜/高木驍/高木 護/上山恵三

● 連 載 人前で歌うということ25
 時代は変わるー若者は新しいやり方を見つける 中川五郎

 

● コラム  【私的放射能メモ】16

 フレコン・バッグの行く末  神田 真理子

● コラム おしるこ通信9

 未来からの使者  門脇 篤


● 連 載   観る・読む・再考する5
 敗戦後最大の政治神話 天野 惠一
 テキスト/映画『日本のいちばん長い日』(岡本喜八・原田眞人監督)
 本『日本のいちばん長い日』(大宅壮一編・「決定版」半藤一利)


● 対 談 「コムロ寄席」番外・『世相巷談』
 身捨つるほどの祖国はありやー天衣無縫の詩人・寺山修司追想 矢崎泰久×小室等

● 連 載 オープンセサミーひらく本ひらく世界ー53

 小説『こころ』の闇

 第十八章 『こころ』の闇(その五) 神田 真理子


● 連 載 【戯志群衆伝】大杉栄を生き直す5

 国会前から鮫河橋へ  平井 玄


● マンガ 「無窮の果ての馬鹿」天才ナカムラスペシャル

 

● 連 載 俺達に明日はあるのか 73

 偽作、ながあきら外伝ー疾風怒濤山谷篇 小見 憲
 

● 連 載 カントリー・ダイアリー 26

 蓮の香  おおえまさのり

● 連 載 小劇場への誘い25
 底辺から社会の不条理を突く野戦之月海筆子のテント公演  平早 勉

● フォトコラム  大爆発。   アビコノコ

 

● 編集室から   本間 健彦

JUGEMテーマ:新刊紹介

街から137号発行

  • 2015.08.21 Friday
  • 13:55

表紙画:成田宙路之 題字:赤松陽構造
デザイン:朝倉事務所

CONTENS

● 随 想 成田 宙路之/高木 護/伊達 哲也/押切 珠喜

● 連 載   観る・読む・再考する4
 象徴天皇制国家70年<天蓋つき戦後民主主義>という問題 天野 惠一
 テキスト/映画『青い山脈』(今井正監督)本、論文『青い山脈』(石坂洋次郎)『戦後の天蓋なき民主主義』(花崎
皋平)

 


 「街からトークライブ」 第1回
 「かつて東京の路上で起きたこと いま、起きつつあること 平井 玄×加藤直樹

 

● 連 載 オープンセサミーひらく本ひらく世界ー52

 小説『こころ』の闇

 第十八章 『こころ』の闇(その四) 神田 真理子
 

● 告 知 野戦 15の秋 野戦之月海筆子テント芝居公演
 

● 連 載 人前で歌うということ24

 思い入れの強いコンサート「春一番」(大阪)
 

● マンガ 「無窮の果ての馬鹿」天才ナカムラスペシャル


● コラム  【私的放射能メモ】15

 デール・ブライデンボーとMARK機 神田 真理子
 

● 連 載 カントリー・ダイアリー 25

 蛹 おおえまさのり
 

● コラム おしるこ通信8

 石巻日日こども新聞と女の子スパイいしのまき  門脇 篤

● 連 載 小劇場への誘い24
 泉鏡花作『蒟蒻本』を一人芝居で好演した鳥山昌克 平早 勉


● 連 載 俺達に明日はあるのか 72

 偽作、ながあきら外伝ー疾風怒濤山谷篇次‐見 憲
 

● コラム 人と街と建築 54

 ハノイのロンビエン橋  上山 恵三
 

● フォトコラム  臭い立つ前に。   アビコノコ

● 告 知 沖縄に想いを寄せる2週間 at キノ・キュッヘ「牧志治写真展」など
 

● 編集室から   本間 健彦

お知らせ

  • 2015.06.20 Saturday
  • 15:02
JUGEMテーマ:コラム

街から舎では隔月でリトルマガジン「街から」を発行しています。
街からが、毎号どのような感じで作られているのかをお伝えできればと、今後編集後記をブログ上でご紹介していきたいと思います。
(創刊号からでのものも抜粋して少しずつご紹介する予定です。)


 

136号編集後記

  • 2015.06.20 Saturday
  • 14:50
JUGEMテーマ:コラム
136編集室から
 
☆「若葉の眩しい季節になりました。こちら、お米の苗も順調に育っていて、水のはいった田んぼにはオタマジヤクシがいっぱい。そろそろ田んぼ作業の始まりです。街のみなさま、お元気で。わかこ」『街から』136号の寄稿お願いメールをおくったら、おおえまさのりさんの連載エッセイ「カントリーダイヤリー」の挿絵を描いてくださっているおおえわかこさんからそんなメールのお便りをいただいた。しばらく後にまさのりさんの原稿とわかこさんの挿絵が届くと、今度はこんな挨拶の添付も。「6月の初めごろから田植えを始めようと思っています。お時間が作れましたら、またお出かけ下さい。」連載エッセイを愛読されている方は周知のようにおおえ夫妻は山梨県北杜市の田園で田や畑を耕す暮らしを営みながらお二人それぞれの表現活動にもいそしんでいる。「また…」と言われてしまっているのには、理由がある。実は私が数人の仲間とおおえさんのところの田植えに出かけたのは数年前のことで、子どもの頃に回帰したような愉しい体験だったので、以後毎年「今年の田植えには行きます」「稲刈りには参加します」などと言いながら、結局“オオカミ少年”になってしまっていたからだろう。老体だから大したお手伝いができるわけではなく、どうせ遊びに出かけるだけのことなのだけれど、それがなかなか果たせない。トシをとると出不精になるということもあるのだろうけれど、理由はそれだけでもない。
☆こういうところで私的な言い訳や愚痴は慎むべきなのだろうが、このところ関係者にいろいろご迷惑や不義理を重ねているので、ちょっとだけわが窮状を告白する。一昨年ころから手がけてきた単行本出版がことごとく壁に阻まれ、身の丈に合わない借金や在庫と返品の山を抱えて立ち往生状態に陥ってしまったのだ。誤解のないように申し添えると、単行本出版の不業績は出版した本の内容の良し悪しが要因だったわけではなく、あくまでも小社の経営力の弱体に由るものだった。いわば背伸びし過ぎによる失敗なのだ。悪いことは重なるもので加えて身辺にもいくつか私事の問題が生じ、その対策にも追われる日々が続き、御蔭様で体重を5キロほど落とすことができた。嬉しい悲鳴というべきか!?
136号の寄稿メールの中には、こんな添付の便りもあった。「追伸 ゲルハルトが、今度は本間さんいつ来るの、また話がしたいと、言っています。5、6月は一番美しく、外で過ごすのが楽しい季節です(今日は珍しく雨降りですが)。――これはイタリア在住の神田真理子さんから。神田真理子さんは創刊号から一度も休むことなく寄稿をしてくれている『街から』常連執筆者だ。彼女は20数年前、役所を早期退職し、日本の大学で先生をしていたドイツ人のゲルハルトと結婚、二人はそれぞれの祖国を離れ、イタリア中部の大学都市ペルージャ近郊に位置する丘陵地帯の美しい田園の村里に終の棲家を探し求め、今日まで暮らしてきた。かれらの家はドイツや日本から訪れるチープシック志向の客人を迎える旅籠屋にもなっている。ご亭主のゲルハルトさんは元馬小屋だった場所を和式の道場に改造して若者たちに合気道を教えている。彼は日本語が上手なので夜半までワインを呑んで会話が弾んだ。憧れのフィレンツェやベニスも駆け足で観光したが、神田・ゲルハルト邸で過ごしたひとときが今でも鮮やかに心に残る。
☆『街から』は絶滅危惧種的ミニコミ誌であるけれど、今や希少価値的存在の<人間屋>たちに支えられ今日まで存立してきた。それが私の生きる歓び、生き抜く力になっている。