134号編集後記

  • 2015.06.20 Saturday
  • 14:47
JUGEMテーマ:コラム

134号編集室から 本間健彦
 
☆一月末の土曜日の夕、文京区白山にあるジャズ喫茶『映画館』で催された「相倉久人炸裂ジャズトーク」の会に出かけた。本号の校了直前で、いつも最後の入稿になるこの「編集室から」の小文をまだ書いていなかったので控えたかったのだけれど、ここ数日間、フリーランス・ジャーナリストの後藤健二さん人質事件が日増しに緊迫するニュースの洪水に遭遇して、すっかり気持ちが滅入ってしまっていたので、不謹慎とは思いつつ気晴らしの気分で出向いたのだった。それと動機はもうひとつあった。白山にはわが家の墓のある寺があり、そのジャズ喫茶店と寺は向こう三軒両隣といった所に位置しているので、暮にも新春にも墓参りをしなった後ろめたさもあったことから、墓参も兼ねてということもあったのだ。気を付けたい点の一つなのですが、人間齢をとると横着になるのです。

☆さて、相倉さんの当日の演目は「SWINGJAZZ SPCIAL 192030年代の白人ジャズ裏事情!ビックス・バイダーベック、トミー&ジミー・ドーシー特集」というもので、特集にとりあげた白人ジャズ・ミュージシャンが主人公の映画(DVD)の触りを観ながら、相倉さんの話を聞くことができた。ジャズ喫茶なのに『映画館』という店名の店にふさわしいトークイベントで、ご機嫌なひと時であった。私が新宿に数多く点在していた塹壕みたいなジャズ喫茶でジャズをよく聴いていたのは60年代初頭の頃で、当時はマイルスやコルトレーンら、ちょっと抵抗を感じる用語を使うと、ジャズを芸術に高めた黒人ミュージシャンが創出したモダンジャズの全盛時代だった。それゆえジャズは黒人音楽なのだ!と早飲み込みしていたこともある。けれどもジャズの歴史をひも解けばわかるようにその前、つまり192030年代はスイングジャズがダンス音楽として全盛だったのである。そしてスイングジャズ時代をけん引していたのはグレン・ミラーやベニー・グッドマンら白人プレーヤーたちだった。そんなジャズ史から「黒人対白人」という図式で語られるジャズ論もあるが、相倉さんは「白人といっても、いわゆるWASP(ワスプ)と呼ばれる白人エリート支配層じゃない、ユダヤ系、アイリッシュ系、ドイツ系など、マイノリティ階層の白人が2030年代のジャズメンが多かった」と解説していた。それからこんな話も。「モダンジャズの元祖バップは、第二次世界大戦でダンス・ミュージックだったジャズを演奏するホールやジャズクラブの灯が消されていったため、失業した黒人ミュージシャンが客の居ないジャズクラブで仲間とジャムセッションをやっていたなかから誕生したのです」。「戦争が終わり、ジャズは復活し、モダンジャズは一部の愛好者や音楽評論家等から熱い評価を浴びるけれど、ジャズのマーケットはけっして大きくならなかった。マーケットが大きくならなかったから、ジャズはジャズ・スピリットを失うことなく生き残ってこられたのです」とも。

☆いい話を聞けたな!と、その晩はご機嫌で帰宅したのだったが、翌朝目覚めると、後藤健二さんが殺されたというニュースが飛び込んできた。後藤さんは見殺しにされたのだ。人道支援などという大義名分を押し立て<十字軍>への参戦を宣言した、この国の為政者の無慈悲により、フリーランサーの後藤健二さんは十字架に懸けられてしまったのだ。合掌。
 
 
 
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