街から 第137号

  • 2015.08.21 Friday
  • 13:55


表紙画:成田宙路之 題字:赤松陽構造
デザイン:朝倉事務所

CONTENS

● 随 想 成田 宙路之/高木 護/伊達 哲也/押切 珠喜

● 連 載   観る・読む・再考する4
 象徴天皇制国家70年<天蓋つき戦後民主主義>という問題 天野 惠一
 テキスト/映画『青い山脈』(今井正監督)本、論文『青い山脈』(石坂洋次郎)『戦後の天蓋なき民主主義』(花崎
皋平)

 


 「街からトークライブ」 第1回
 「かつて東京の路上で起きたこと いま、起きつつあること 平井 玄×加藤直樹

 

● 連 載 オープンセサミーひらく本ひらく世界ー52

 小説『こころ』の闇

 第十八章 『こころ』の闇(その四) 神田 真理子
 

 

● 告 知 野戦 15の秋 野戦之月海筆子テント芝居公演
 

 

● 連 載 人前で歌うということ24

 思い入れの強いコンサート「春一番」(大阪)
 

 

● マンガ 「無窮の果ての馬鹿」天才ナカムラスペシャル


● コラム  【私的放射能メモ】15

 デール・ブライデンボーとMARK機 神田 真理子
 

 

 

 

● 連 載 カントリー・ダイアリー 25

 蛹 おおえまさのり
 

● コラム おしるこ通信8

 石巻日日こども新聞と女の子スパイいしのまき  門脇 篤

● 連 載 小劇場への誘い24
 泉鏡花作『蒟蒻本』を一人芝居で好演した鳥山昌克 平早 勉

 

 

 

 


● 連 載 俺達に明日はあるのか 72

 偽作、ながあきら外伝ー疾風怒濤山谷篇次‐見 憲
 

 

 

 

 

 

● コラム 人と街と建築 54

 ハノイのロンビエン橋  上山 恵三
 

● フォトコラム  臭い立つ前に。   アビコノコ

● 告 知 沖縄に想いを寄せる2週間 at キノ・キュッヘ「牧志治写真展」など
 

● 編集室から   本間 健彦

お知らせ

  • 2015.06.20 Saturday
  • 15:02
JUGEMテーマ:コラム

街から舎では隔月でリトルマガジン「街から」を発行しています。
街からが、毎号どのような感じで作られているのかをお伝えできればと、今後編集後記をブログ上でご紹介していきたいと思います。
(創刊号からでのものも抜粋して少しずつご紹介する予定です。)


 

136号編集後記

  • 2015.06.20 Saturday
  • 14:50
JUGEMテーマ:コラム
136編集室から
 
☆「若葉の眩しい季節になりました。こちら、お米の苗も順調に育っていて、水のはいった田んぼにはオタマジヤクシがいっぱい。そろそろ田んぼ作業の始まりです。街のみなさま、お元気で。わかこ」『街から』136号の寄稿お願いメールをおくったら、おおえまさのりさんの連載エッセイ「カントリーダイヤリー」の挿絵を描いてくださっているおおえわかこさんからそんなメールのお便りをいただいた。しばらく後にまさのりさんの原稿とわかこさんの挿絵が届くと、今度はこんな挨拶の添付も。「6月の初めごろから田植えを始めようと思っています。お時間が作れましたら、またお出かけ下さい。」連載エッセイを愛読されている方は周知のようにおおえ夫妻は山梨県北杜市の田園で田や畑を耕す暮らしを営みながらお二人それぞれの表現活動にもいそしんでいる。「また…」と言われてしまっているのには、理由がある。実は私が数人の仲間とおおえさんのところの田植えに出かけたのは数年前のことで、子どもの頃に回帰したような愉しい体験だったので、以後毎年「今年の田植えには行きます」「稲刈りには参加します」などと言いながら、結局“オオカミ少年”になってしまっていたからだろう。老体だから大したお手伝いができるわけではなく、どうせ遊びに出かけるだけのことなのだけれど、それがなかなか果たせない。トシをとると出不精になるということもあるのだろうけれど、理由はそれだけでもない。
☆こういうところで私的な言い訳や愚痴は慎むべきなのだろうが、このところ関係者にいろいろご迷惑や不義理を重ねているので、ちょっとだけわが窮状を告白する。一昨年ころから手がけてきた単行本出版がことごとく壁に阻まれ、身の丈に合わない借金や在庫と返品の山を抱えて立ち往生状態に陥ってしまったのだ。誤解のないように申し添えると、単行本出版の不業績は出版した本の内容の良し悪しが要因だったわけではなく、あくまでも小社の経営力の弱体に由るものだった。いわば背伸びし過ぎによる失敗なのだ。悪いことは重なるもので加えて身辺にもいくつか私事の問題が生じ、その対策にも追われる日々が続き、御蔭様で体重を5キロほど落とすことができた。嬉しい悲鳴というべきか!?
136号の寄稿メールの中には、こんな添付の便りもあった。「追伸 ゲルハルトが、今度は本間さんいつ来るの、また話がしたいと、言っています。5、6月は一番美しく、外で過ごすのが楽しい季節です(今日は珍しく雨降りですが)。――これはイタリア在住の神田真理子さんから。神田真理子さんは創刊号から一度も休むことなく寄稿をしてくれている『街から』常連執筆者だ。彼女は20数年前、役所を早期退職し、日本の大学で先生をしていたドイツ人のゲルハルトと結婚、二人はそれぞれの祖国を離れ、イタリア中部の大学都市ペルージャ近郊に位置する丘陵地帯の美しい田園の村里に終の棲家を探し求め、今日まで暮らしてきた。かれらの家はドイツや日本から訪れるチープシック志向の客人を迎える旅籠屋にもなっている。ご亭主のゲルハルトさんは元馬小屋だった場所を和式の道場に改造して若者たちに合気道を教えている。彼は日本語が上手なので夜半までワインを呑んで会話が弾んだ。憧れのフィレンツェやベニスも駆け足で観光したが、神田・ゲルハルト邸で過ごしたひとときが今でも鮮やかに心に残る。
☆『街から』は絶滅危惧種的ミニコミ誌であるけれど、今や希少価値的存在の<人間屋>たちに支えられ今日まで存立してきた。それが私の生きる歓び、生き抜く力になっている。
 

135号編集後記

  • 2015.06.20 Saturday
  • 14:49
JUGEMテーマ:コラム
135編集室から 本間健彦
 
☆人間は壊れつつあり、人類は滅亡への道を歩みはじめているのではないか。昨今の国内外の、ああ!と思わず嘆息するしかない闇雲なニュースに遭遇すると、そんな絶望感に陥る。
前号のこの欄では原稿締切り間際に飛び込んできたフリー・ジャーナリスト・後藤健二さんが無残にも見殺しにされた事件に触れたけれど、今回は闇雲な事件の極め付きといってもいいドイツの格安航空機墜落事故ニュースに遭遇し言葉を失った。事故原因の詳細はまだ解らないようだが、副操縦士が故意に飛行機を墜落させたらしいと伝えられている。一体動機はなんだったのか?テロ行為ではなく、副操縦士は精神疾患を患っていたらしいということも報じられている。真相はともかくとして、こんなとんでもないパイロットの旅客機に乗り合わせていた人々のあまりの不運、不条理、無念さに、思いを馳せると胸が痛む。

☆しかし、わたしたち日本人も(一緒に束ねられたくないという方もおられるのでしょうが)、今、闇雲飛行を敢行している為政者の飛行機に乗り合わせている不安と恐怖に慄いているという昨今の現状、そのことに思いを馳せないわけにはいかない。わたしたちの搭乗している飛行機のパイロットとは、いうまでもなく安倍晋三首相のことだ。かれが首相に就任してからこの二年余りの間に次々に放ってきた闇雲としか思えない数々の施策についてはすでに皆さんもご存知だろうし、ここで論議する紙幅もない。それらが闇雲な暴走としか思えないのは、それらの施策がいずれも民意に耳を傾けないどころか、民意を無視し斬り捨てるような強引なものだからだろう。政権を奪取するに際して掲げた「日本を取り戻す」というスローガンの目指す施策もくっきり浮かび上がってきた。遅まきながら「ああ、怖い!」と気づきはじめても、飛行中の機内から脱出は不可能。暴走パイロットをコックピットから引きずり出し、まともな操縦士に替わってもらうしか、活路はない。民主主義の社会では、そのような行動は選挙やデモでしか実現できない。これがなかなか埒の明かないシステムなのだけれど、辛抱強くこれに賭けるしかない。圧政が強まればその手段さえ奪われてしまうことを思えば、「とんでもない日本を取り戻される」前に、わたしたちが死守すべきはやはり民主主義の理念と精神だろう。
 

134号編集後記

  • 2015.06.20 Saturday
  • 14:47
JUGEMテーマ:コラム

134号編集室から 本間健彦
 
☆一月末の土曜日の夕、文京区白山にあるジャズ喫茶『映画館』で催された「相倉久人炸裂ジャズトーク」の会に出かけた。本号の校了直前で、いつも最後の入稿になるこの「編集室から」の小文をまだ書いていなかったので控えたかったのだけれど、ここ数日間、フリーランス・ジャーナリストの後藤健二さん人質事件が日増しに緊迫するニュースの洪水に遭遇して、すっかり気持ちが滅入ってしまっていたので、不謹慎とは思いつつ気晴らしの気分で出向いたのだった。それと動機はもうひとつあった。白山にはわが家の墓のある寺があり、そのジャズ喫茶店と寺は向こう三軒両隣といった所に位置しているので、暮にも新春にも墓参りをしなった後ろめたさもあったことから、墓参も兼ねてということもあったのだ。気を付けたい点の一つなのですが、人間齢をとると横着になるのです。

☆さて、相倉さんの当日の演目は「SWINGJAZZ SPCIAL 192030年代の白人ジャズ裏事情!ビックス・バイダーベック、トミー&ジミー・ドーシー特集」というもので、特集にとりあげた白人ジャズ・ミュージシャンが主人公の映画(DVD)の触りを観ながら、相倉さんの話を聞くことができた。ジャズ喫茶なのに『映画館』という店名の店にふさわしいトークイベントで、ご機嫌なひと時であった。私が新宿に数多く点在していた塹壕みたいなジャズ喫茶でジャズをよく聴いていたのは60年代初頭の頃で、当時はマイルスやコルトレーンら、ちょっと抵抗を感じる用語を使うと、ジャズを芸術に高めた黒人ミュージシャンが創出したモダンジャズの全盛時代だった。それゆえジャズは黒人音楽なのだ!と早飲み込みしていたこともある。けれどもジャズの歴史をひも解けばわかるようにその前、つまり192030年代はスイングジャズがダンス音楽として全盛だったのである。そしてスイングジャズ時代をけん引していたのはグレン・ミラーやベニー・グッドマンら白人プレーヤーたちだった。そんなジャズ史から「黒人対白人」という図式で語られるジャズ論もあるが、相倉さんは「白人といっても、いわゆるWASP(ワスプ)と呼ばれる白人エリート支配層じゃない、ユダヤ系、アイリッシュ系、ドイツ系など、マイノリティ階層の白人が2030年代のジャズメンが多かった」と解説していた。それからこんな話も。「モダンジャズの元祖バップは、第二次世界大戦でダンス・ミュージックだったジャズを演奏するホールやジャズクラブの灯が消されていったため、失業した黒人ミュージシャンが客の居ないジャズクラブで仲間とジャムセッションをやっていたなかから誕生したのです」。「戦争が終わり、ジャズは復活し、モダンジャズは一部の愛好者や音楽評論家等から熱い評価を浴びるけれど、ジャズのマーケットはけっして大きくならなかった。マーケットが大きくならなかったから、ジャズはジャズ・スピリットを失うことなく生き残ってこられたのです」とも。

☆いい話を聞けたな!と、その晩はご機嫌で帰宅したのだったが、翌朝目覚めると、後藤健二さんが殺されたというニュースが飛び込んできた。後藤さんは見殺しにされたのだ。人道支援などという大義名分を押し立て<十字軍>への参戦を宣言した、この国の為政者の無慈悲により、フリーランサーの後藤健二さんは十字架に懸けられてしまったのだ。合掌。
 
 
 

133号編集後記

  • 2015.06.20 Saturday
  • 14:44
JUGEMテーマ:コラム

133編集室から 本間健彦

☆平井玄さんの新連載「戯志群衆伝・大杉栄を生き直す」が本号から始まった。この物語の主人公・大杉栄の国家権力による虐殺事件は、歴史修正主義によってもけっして消し去ることのできない、日本近代史の許し難い汚点の一つだろう。従来、大杉栄には、社会主義者とかアナーキストといったレッテルが貼られてきたが、筆者の言によれば、非正規労働や時代の閉塞状況にも屈せずに生き抜いている、彼の周りに集う元気のいい若者たちのあいだでは、そんな狭い枠に囚われない「自由への遊撃」を果敢に挑んだ大杉像への評価が高まっているという。そこに今回平井玄さんが、この「戯志群衆伝・大杉栄を生き直す」という物語を構想し執筆する動機があるのだろう。新連載の物語を期待しよう。


☆ところで、平井玄さんは、本誌初登場なので簡単にプロフィールを紹介しておこう。一九五二年東京生まれ。実家は新宿二丁目の元遊郭内にあった洗濯屋さんで、仲間たちの間では「洗濯屋の玄ちゃん」の愛称で親しまれてきた。六〇年代末、都立新宿高校時代には高校全共闘運動に参加。自伝的エッセイでこんな文章を書いている。「一九六九年一〇月、新宿文化アートシアターでジャン=リュック・ゴダールの『ウイークエンド』を私は観た。高校二年の秋である。天啓といっていいだろう。(中略)あれ以来、私の『ウイークエンド』が終わらないのである」(著書『愛と憎しみ新宿』)。あの時代が平井玄さんの原点なのだろう。さまざまなムーブメントに関わりながら、音楽・思想・社会問題等幅広い領域を独自の視点と切れ味のいい文章で綴る論者(思想家)として近年頭角を現してきた。著書に『ミッキーマウスのプロレタリア宣言』『路上のマテリアリズム』『引き裂かれた声』などがある。


☆ちょっと予告篇を見ておくと、大杉栄は新宿柏木の路上で拉致され、九段下にあった憲兵隊本部へ護送されて、その日のうちに虐殺されるというのが史実なのだが、「戯志群衆伝」においては、四谷三丁目付近で護送車が転覆事故を起こしたため、大杉は四谷鮫ヶ橋貧民窟に逃げ込むという物語が構想されている。新宿通りを右折して円通寺坂を蛇行して下り、JR信濃町駅方面に抜ける谷間のような地形の街区が、かつて東京一の貧民窟だったと伝えられる鮫ヶ橋地区なのだけれど、現在は町名が変わっているしスラム街も存在しない。けれどもこの谷底の街をロケハンしていると、貧民窟の残像がブローアップしてくる。町名を変えても、地形や歴史を消滅させてしまうことはできないのではないか。そんな所感を抱く私の脳裡から、一握りの繁栄を謳歌する坂の上の企業や人びとの足下、谷底で首都東京のみならず全国各地に鮫ヶ橋化・山谷化現象が生じつつあるのではないかという妄想を消去することができない。


☆この師走に、衆議院を解散し選挙だという。毎度のことだけれど、どの党の誰に一票を投じればよいのか、途方に暮れる。だが、匙を投げて棄権してしまえば、われら草莽の痛みなどどこ吹く風とばかりに暴走する政権にブレーキをかけることができない。沖縄知事選の朗報にあやかるよう祈念し、投票所へ足を運び一票を投じることにしよう。
 

132号編集後記

  • 2015.06.20 Saturday
  • 14:43
JUGEMテーマ:コラム

132編集室から  本間健彦
 
☆渡辺眸さんの写真集『1968新宿』の刊行に併せて去る826日から98日までの2週間、新宿ニコンサロンで開催された写真展『1968新宿』は嬉しいことに大変盛況だった。開催期間中会場で写真集『1968新宿』の販売もしてよろしいという許可をいただいたので、私は連日会場へ出向き、写真集の販売員を務めた。スタッフのMと交代しながら売り子を務めたのだけれど不慣れの作業だったからか正直の話ちょっとシンドかった。けれども同写真集が2週間で百部近く売れたことで、まことに現金な話なのだが疲れも吹っ飛んだ。心配していた印刷代支払の一部に充てる見通しが立ったからだ。「凄いですね!」と主催者ニコンの担当者から賛辞を受けたけれど、これは作者渡辺眸さんが長年かけて磨き培ってきたいぶし銀のような写真作家としての生き方とその作品に共感されてきた方が少なくなかったことを物語るものだろう。また写真展の期間中に、60年代末に出合い仕事や遊びでお付き合いがあったのだけれど、その後会う機会のなかった何人かの仲間と40数年ぶりに再会できたのも嬉しかった。これはたぶん『1968新宿』という写真集と写真展のタイトルに呼応して集ってくれたからではないかと思う。そんなことも収穫だった。


☆フォークシンガーの豊田勇造さんから「ぜひおいで下さい」と案内をもらい、927日新宿区大久保のアートコートで開催された「カラワン40周年inジャパン」に出かけた。カラワンは、70年代初頭タイの軍事政権に反対して蜂起した学生たちの運動を歌で支えたという伝説的な4人組のバンドとして知られてきた。私はタイ語がわかないので、かれらの歌う歌詞もわからない。でもかれらの歌は胸に響き感動した。そこが音楽の良いところだろう。けれどやっぱりどんな歌をうたっているのか歌詞が知りたかった。休憩時間にカラワンのCDなどを販売している売店で『カラワン・ソングブック』(森下ヒバリ編)と題した小冊子が売っているので買おうとしたら、「あっ、本間さん」と販売員の若い男性から声を掛けられた。ビレッジプレスの五十嵐さんだった。「これ、うちで作ったものです」と言う。そういえばかれも『1968新宿』の写真展を見に来てくれたひとりだった。この日は自社制作の小冊子の販売員を務めていたのだ。


☆カラワンの代表曲に「人と水牛(コン・カップ・クワーイ)」という曲があるのだが、早速購入したソングブックをひもとくと、こんな訳詞だ。さわりを引用させてもらおう。「人と水牛の絆は/長い間にはぐくまれ/ともに一生懸命にはたらき/よろこびとしあわせを培ってきた/暮らしは貧しく/涙も枯れ果てた/こころは怨みにはりさけそう」「人間性はうばわれ/貧富が社会を二つに分ける/農民はますます貧しく/農民は野蛮と見下される/ たしかなことは死に往くことだけ」そんな歌だ。豊田勇造さんの解説文によると「タイではカラワンが歌うような歌のことを<生きるための歌>と呼び、生きるための歌をうたうグループがいくつもあり、生きるための歌を大好きな人達がタイ国中にいる」という。そんな音楽状況があったから軍事政権とも闘えたのだろう。日本の今の音楽状況はどうだろうか?ますますいやな感じの時代が到来している今<生きるための歌>を待望したい。

131号編集後記

  • 2015.06.20 Saturday
  • 14:40
JUGEMテーマ:コラム

131 本間健彦

☆街から舎では、今月末に月末に渡辺眸さんの写真集『1968新宿』を出版する。写真集の出版は初めてなので、周囲からは出版を危ぶむ声も少なくなかったのだけれど、天女のような大らかな渡辺眸さんのお人柄に接していると心配や不安も消え、60年代末の新宿体験をした者同士の共感も募り、出版に踏み切った。賽が投げられ、ルビコン河を渡る!オーバーな、と笑われそうだが、小生にとってはそんな気分なのだ。


60年代は、イラストレーターやカメラマンをめざす若者たちがどーつと出現した時代だった。渡辺眸さんも出自としてはそのひとりなのだが、彼女は写真家志望の若者だったわけではない。60年代の半ば明治大学を卒業すると、法令専門誌を刊行する出版社の編集員として務めた。ある時、取材の際、編集長から取材の際「写真も撮って来てくれ」と命じられたが、それまで写真などに興味はなかったので、フイルムの入れ方も分からず困惑したという。その後そういう機会が多くなったので、彼女は撮影技術を勉強するために写真専門学校の夜間部に通った。実習のロケ先は、街が、カウンターカルチュア・ムーブメントの拠点であり、舞台であり、戦場であった、1960年代末の新宿だった。その当時の熱い新宿文化の坩堝の中で彼女は覚醒し、写真家として生きる道を選択する。


☆渡辺眸さんは、2007年に『東大全共闘19681969』(新潮社)という写真集を世に問い大きな反響を呼んだ。あの安田講堂のバリケードの中に全共闘の若者たちと籠城した唯一の女性写真家であり、マスメディアの報道のように外側からではなく、闘争の内側から撮影された写真集だったからだ。だが渡辺眸さんの写真家としての足跡を振り返ると、60年代末の新宿や東大全共闘の写真を撮る写真家としてデビューしたわけではないことが分かる。70年代に入ると、渡辺眸さんは「魂の原郷」に惹かれて何度もインドやネパールを旅し滞在して多くの写真を撮っていて、やがてこれらの写真群は『天竺』『モヒタの夢の旅』『猿年記』『西方神話』等の写真集に結実している。渡辺眸さんは、単にジャーナリスティックな報道写真を撮る写真家ではなく、根源的な精神の在り様を追及してきた写真家なのである。


☆昨年、私は『60年代新宿アナザー・ストーリー』という本を社会評論社から出版してもらったが、街から舎からは、おおえまさのりさんの『魂のアヴァンギャルド―もう1つの60年代』、矢崎泰久さんの『残されたもの、伝えられたこと―60年代に蜂起した文革者烈伝』を出版してきた。なぜ60年代にこだわる本を出版してきたのかという理由を記す紙幅がないが、一言述べるなら、福島の原発事故に遭遇したにもかかわらず根本的な変革を志すどころか、ますます悪しき時代に逆行しようとする愚直な権力者への苛立ちと危機感を覚えるからだろう。渡辺眸さんの写真集『1968新宿』も、そんな思いからの出版なのだ。
☆本号が出る頃には終わっているので告知にならないが、NHK‐Eテレで「ニッポン戦後“サブ”カルチャー史」という10回シリーズの番組がスタートし、その第2(88)に取材を受けて私も登場し、渡辺眸さんの写真も紹介されるという。再放送があったら覗いて見てください。

130号編集後記

  • 2015.06.20 Saturday
  • 14:33
JUGEMテーマ:コラム

130編集室から  本間健彦
 
*『街から』は数少ない定期購読者に支えられて隔月刊で出版しているミニコミ誌だ。こんなこと読者は先刻ご承知のことだから、あえてのべることでもないのだけれど、新しい定期購読者ができると零細誌編集発行人としてはついうれしくなって、リフレーンみたいに朗唱してみたくなる。そんな喜ばしい近例をスケッチ風にご紹介したい。
*本号から「おしるこ通信」と題するコラムの連載を始めた門脇篤さんは仙台在住のアーティスト。門脇さんは記事内に登場しているふなばしコミュニティアート主宰の下山浩一さんと活動を共にしていて、私は昨年暮、ふたりが新宿歌舞伎町で展開していたイベント会場で出会った。私には彼らの活動の実態はまだ把握できていないのだが、仙台・船橋・新宿といった飛び地の街であまりビジネスにはなっていそうもない活動を行っているその遊撃的行動力と、当節には珍しい茫洋かつ真摯なスピリットに注目し、おお、こういう人間がまだ生息してくれていたのか!と感動したのだった。
*前号のこの欄で詩人の高木護さんが主催した梅酒の会に参加した話を記したけれど、そこで出会ったのが西谷晋さんと吉沢輝夫さんだ。西谷さんは高木さんが薦めてくれたのかどうか数年前から定期購読をしていただいてきたが、お会いするのは初めてだった。元日本経済新聞外報部、ボン特派員だったという経歴などもこの時初めてお聞きした。吉沢輝夫さんとは何と30数年ぶりの、しかも予期せぬ再会だった。七〇年代、新宿を追われた後、私はフリーライターをしていたのだが、そのころ私鉄PR誌の編集長をしていた吉澤さんに目をかけてもらい連載記事などを書いていたのだ。吉澤さんがこの会に参加したのは、西谷さんら仲間たちと同人誌(仲間内では“遊人誌”と呼び合っているとか)をやっていて、その雑誌の寄稿者の高木護さんに誘われてのことだった。矢崎泰久さんが間もなく当舎から出る新刊書の「あとがき」で「人と人を繋ぐ不思議」ということをのべているけれど、良い出会いこそが僥倖というものだろう。
*四月の末、墨田区在住の国崎清秀さんという方から定期購読の申し込みとお振り込みをいただいた。どんな方なのかな、と御礼のご挨拶を兼ねてお電話したところ、奥様が出られて「いい雑誌なので定期購読しようかな、と言っておりました。主人はライブハウスをやっています」と言われたので、あつ、と気づいた。前号で中川五郎さんがピート・シーガーとニューヨークの自宅で会った話を書いているが、その時案内人として同行しているのが両国にある東京フォークロア・センターの国崎清秀さんなのだった。もちろんその記事は読んでいたのだが、像が結びつかなかったのだ。
*GWの初日、アメリカ・カルフォルニア在住の稲垣元彦さんという方から定期購読申込みのメールが届いた。小舎の休眠状態のHPを偶然見て、『街から』というタイトルが気に入られたとか。海外の読者はイタリア在住の神田真理子さんに次いで二人目だ!アメリカの街からのお便りを期待したい。

 

街から 第136号

  • 2015.06.16 Tuesday
  • 14:07

JUGEMテーマ:新刊紹介

表紙画:成田宙路之 題字:赤松陽構造
デザイン:朝倉事務所

CONTENS

● 随想 成田 宙路之/高木 護/蓮沼 英幸/押切 珠喜/伊達 哲也

● 対談 「コムロ寄席」番外・『世相巷談』
天才的戯作者井上ひさしは稀代のペテン師⁉︎でもあった  矢崎泰久×小室等


 

● 連載 【戯志群衆伝】大杉栄を生き直す4

 鐘の鳴る貧民窟  平井 玄


● 告知 <街からトークライブ>
「怪物になった街ー『九月、東京の路上で』の加藤直樹さんと話す」

 

● 連載 オープンセサミーひらく本ひらく世界ー51

 小説『こころ』の闇

 第十八章 『こころ』の闇(その三) 神田 真理子


● 連載   観る読む・再考する3
 敗戦70年・「特攻」後70年
 テキスト/映画『あゝ決戦航空隊』(山下耕作監督)・本『特攻の思想』(草柳大蔵)『昭和の劇ー脚本家 笠原和夫』 天野 惠一

● イベント 「4・25日比谷平和パレード」

 

 

● コラム  【私的放射能メモ】14

 スターングラス博士 神田 真理子
 

● 連載 カントリー・ダイアリー 24

 アミターバ   おおえまさのり
 

● コラム おしるこ通信7

 きらきら夢ひろば  門脇 篤

● 連載 小劇場への誘い23
 自作詩をライブで読み・歌う、成田宙路之の世界  平早 勉

 

 

 

 


● 連載 俺達に明日はあるのか 71

 偽作、ながあきら外伝ー疾風怒濤山谷篇察‐見 憲
 

 

 

 

 

 

● コラム 人と街と建築 53

 東京タワー  上山 恵三
 

● フォトコラム   そう言われても。   アビコノコ

● マンガ 「無窮の果ての馬鹿」天才ナカムラスペシャル
 

● 編集室から   本間 健彦